懐かしい顔

  • 土曜の窓, 特集
  • 2023年2月18日

  ロシアのウクライナ侵攻から早一年になろうとしている。「戦後」の終焉(しゅうえん)を告げたこの暴挙のニュースに接するたびに、思い起こす顔がある。ロシア外相のセルゲイ・ラブロフだ。

   O・J・シンプソン事件の逃亡劇に全米がくぎ付けとなった1994年6月16日。ちょうどその前日にニューヨークに赴任し、国連の担当記者になったばかりの私にとって、翌7月にロシア国連大使として着任して来た新人のラブロフは、格好のネタ元だったのだ。

   ぶら下がりの国連記者たちをけむに巻く大使が多い中で、職業外交官として晴れの舞台に立った若きラブロフは、安保理の非公式協議で繰り広げられる外交の舞台裏を流ちょうな英語で実によく語ってくれた。一方の米国連大使は後に国務長官となるオルブライト女史。われわれのような外国メディアは歯牙にもかけず、CNNやニューヨークタイムズばかりを大事に扱うその態度は、いつも記者仲間の不興を買っていた。女史のことを”ハーフ”ブライト(頭は半回転)とこき下ろす、ラブロフLOVEの記者がいかに多かったことか。ちなみにわが国の時の国連大使は小和田恆氏。皇后陛下雅子さまのお父様である。

   国連で人気者だったラブロフがおよそ30年の時を経た今もなお、ロシアの現職外相に収まっているのは、温厚で相手に警戒心を与えない独特な人柄のせいだ。年を取り、少し悪人相になってしまった彼が今、ロシア民族史上最悪ともいえるヘタを打った皇帝プーチンの近未来をどう分析し、戦を終わりに導こうとしているか、考えると夜も寝られない。

   国際の秩序を保つ方法はただひとつ。力の均衡だ。ましてや世界最多の核弾頭を抱える軍事超大国との陸戦である。負けてはいけないし、「レオパルト2」の大量投入で勝ち過ぎてもいけない。勝者が一向に現れない戦況を粘り強く続け、核のボタンに手を掛けかけている皇帝の、何らかの退任の瞬間を待つしかない。

   弊社のロシア事業のパートナーは皮肉なことにウクライナ人とロシア人のコンビだ。G7が対ロ禁輸という戦争行為を決断した以上、電話はおろかメールを含めて”敵国”との交信を一切断って今に至る。オデッサ出身の陽気なヤロスラフと、ユル・ブリンナーそっくりで冷静沈着なウラジオストクの”哲学者”アンドレイ。2人の友の顔が懐かしい。

  (會澤高圧コンクリート社長)

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