無数の木々の幹に青色の線が、一定の高さを保ちながら配されている。作者の川上りえによると、その水平線は、遠い昔にかつてそこにあったかもしれない架空の水面を視覚化したものだという。生い茂る草木やそれを育む大地が形成した複雑な自然の表情と、作者の手により挿入された人為的な水平線という両者のコントラストは、空間に不思議な緊張感をもたらし、どことなく崇高な雰囲気さえ醸し出している。
地震や暴風、火災などの目立った自然現象や災害等の発生は別として、日常的に地形の変化を意識するのはまれであり、その物理的な変化に気付く機会は少ないことだろう。一方で、間氷期の温暖な気候に起因する約6000年前の縄文海進によって、勇払平野や石狩平野の大半が、かつて海の底に沈んでいたという定説は、大地が着実な変化を繰り返してきたことを私たちに知らしめる。
2021年にイコロの森(苫小牧市植苗)を会場に制作された本作は、いわばそうした過去と現在という時間軸を抜きにしたときに顕在化する地形の変遷に着想を得たものだ。すでに現状復帰がなされたことから、現在は本作を同地で見ることはかなわないが、青い線が印された木々に囲まれた際に感じた海底にいるかのような疑似体験は、今もなお印象深く筆者の心に刻まれている。同様にして、おそらく、その青がそこを訪れた多くの鑑賞者にとっても、川上の看取したイメージの追体験へと導く道しるべになったことは想像に難くない。
(苫小牧市美術博物館学芸員 細矢久人)