「雲をとおる波」―。そんなタイトルの本作りのきっかけに少し携わった。著者は衣斐大輔さん。記者と同じ小学校だった彼は長年、脊髄小脳変性症という難病を患いながら、趣味の音楽活動を続けていたが、昨年7月に亡くなった。その彼が書き残した小説を読んだ母親から今年1月、「本にしたい」との相談を受け、制作できる印刷所を紹介した。
本は一周忌を前に完成した。彼の貼り絵の作品が表紙などに使われ、多田野蛙(ただの・かえる)としゃれたペンネームが付いていた。小説はおそらく彼の青春時代をモチーフに、気を許せる仲間との出会いと日常の中でふいに訪れる別れの幾つかを描いていた。
彼にとって表現活動は生きた証しを刻むプロセスだったように思え、生き生きとした彼を感じながらページをめくった。「海の向こうは、あの世と繋(つな)がっているんだって、だから寂しいなら海に来なさいって」。そんな一文に触れ、久しぶりに波の音が聞きたくなった。(河)