冬を間近にして穂別の人たちは相変わらず忙しい。タイヤは冬用に交換したし、まきの用意はできた。あとは畑の後始末を終えて、そうしたら漬け物を漬けて、次はいよいよ年越しの用意に取り掛かる。買い忘れているものがないか、毎日、台所のチェックに余念がないという人もいる。購買車がやって来るのは1週間に1回なので、そのチャンスを逃さないように気を付けて買い物をしなければならない。
「へえ、大変ですね」とその目まぐるしさに驚きながら、週末、東京の診療所に向かった。穂別に来る前に勤務していたところで、今もときどき外来診療を続けているのだ。そこで出会ったある70代の男性が言った。
「この春で仕事を完全にリタイアしたら、やることがなくなっちゃって」
都会では漬け物でもお正月用品でも、なんでも店ですぐ買える。24時間営業のスーパーもあるので、時間を気にする必要もない。もちろん、畑の後始末やまき割りも必要ない。便利で快適なのは間違いないが、手もちぶさたになり、この人のように不眠症やうつ状態に陥ってしまう人もいるのだ。
その人は、「余った時間をなんとかしなくては」と思って、音楽教室に通おうか、ボランティアでも始めようかといろいろ考えた。ところが、都会の習い事は月謝が高い。ボランティアは「やりたい」と志願する人であふれており、順番待ちなのだそう。「結局、家で本読むか、テレビ見るかなんですよ」と嘆くその人に、私はこう言いたくなった。
「穂別に来ませんか? 穂別ではやること、たくさんありますよ。買い物だって気が抜けません。私も夜中におなかがすいて”もう開いているお店がない”と慌ててから、買い置きを常に用意するようにしています。冬のあいだは特に、灯油やまきを切らしたら凍えてしまいますから、のんびりなんてしていられません。緊張感を持って生活するのはいいですよ」
一歩、外に出ればいつでもなんでも手に入る生活。かつての日本では誰もがそれを夢見たはずなのに、いざ実現されると、今度は「自分でやることがなくなった」と退屈さから心を病む人までが現れるようになったのだ。もちろん、私もラクな生活は嫌いではないが、穂別の人たちの忙しさに触れてから少し考えが変わってきた。不便さこそ心身の健康の秘訣(ひけつ)と言えるのではないだろうか。私もこの”不便さいっぱいライフ”を大いに楽しみたい。
(むかわ町国保穂別診療所副所長、北洋大学客員教授)